2018

2018/03/27
オガサワラヒロユキ

2018年、初ブログ。最近、自分しか見れない日記を書き始めたので、ここの更新頻度はさらに下がると思われる。

2018年になっていくつか大きな変化があった。ひとつは料理を作り始めたことだ。一人暮らし歴通算10年は超えただろうか。これまで台所に立つのはタバコを吸うか、蕎麦をゆがくくらいのことだったが、「家で美味しい麻婆豆腐が食べたい」その一心で料理を始めることにした。ベタにクックパッドを見てレシピを調べたのだが、最初は水や調味料の配分がうまくできなかったのに、4作目にもなると、これはもう普通に「料理上手い」と言われるレベルなのでは?と言う麻婆豆腐を何も見ずに作れるようになった。(すりおろした生姜を入れたことで、味にグッと深みが増した)子供の頃から、美味しんぼが愛読書だったことが今になって活きているのかもしれない。

そして、ついに調理用具にまで手を伸ばすことになった。Amazonで中華鍋を購入。そう言えば、昔々放映されていた料理番組「あまからアベニュー」に影響を受けて、炒飯作りに凝ったことがある。その時にあの鍋を返す炒め方はマスターしているので、きっと今も美味しい炒飯が作れるはずだ。

音楽をやっている人の中には、やたらと料理がうまい人がいる。上に書いた、生姜の話ではないが、少し何かを足す、何かを引くことで味が大きく変わるのは、音楽にも通じるものがあるような気がする。一つの音が変わるだけで、メジャーとマイナーが変わるように。

話は変わって、父が今月末で仕事をやめる。もう70歳になる。本当に仕事が好きな人で、今日、母から来たメールでは本当はまだ仕事がしたいそうだ。そして、「生涯現役でいたい」とのこと。この親にしてこの息子あり。手垢のついた言い回しだが、自分にとってのアイデンティティは音楽にあるし、父にとっては仕事なんだろう。わかるよ、その気持ちと思った。

そんな父に子供の頃言われたのは、高校や大学に進む目的がはっきりしないのであれば、例えば料理人にでもなって手に職を付けるべきだ、と言うこと。今さら料理にはまっても、もう料理人になることはできない。(いや、本当は努力次第なのかもしれない)自分が20年以上やってきた音楽。それは職になっていないし、これからするつもりもない。だけど、時々もう少し対価をもらってもいいのでは?と考えることがある。時間もお金も有限だ。まずは自分がどれだけ楽しんで、どれだけみんなに喜んでもらえるか、そしてその対価をどれだけもらえるか、2018年は(今更ながら)もう少しこの辺りのことを考えていこうと思う。

2018年になってはまった音楽。フランスの人だが、歌よし、曲よし、顔よしと非の打ちどころがない。フランス語で歌っているのもいい。

Adieu mon homme – Pomme