SINCE 1993(8)

2017/04/18
オガサワラヒロユキ

豊METAL are:

・わっしん(Vo)
小柄ながらオシャレ(高校は私服だったのだが、W&LT等を好んで着ていた)で男前。後に、高校の卒業式に合わせて髪を銀色にしようとして失敗して卒業式に来なかったと言う伝説を作る。

・西山君(Gu)
ラグビー部。マッチョで男前。ワイルドに見えるが内面はとても優しい男。

・豊丸(B)
本名は豊田。リーダー。豊METALの名前は彼の名前に由来する。(豊田+当時流行していたアニメタル=豊メタルである。)男前でモデル体型。にもかかわらず自分に自信がない(そぶりを見せる)。多分本当はそんなことなかったと思う。

・大家(Dr)
ラグビー部。(一見)自由奔放で傍若無人。授業中に机を叩いてドラムの練習をしていた気がする。根は優しくてナイスガイ。

この個性的なメンバーと一緒にやった豊METALはとても楽しかった。僕らは年末のロクフェスに照準を合わせて練習を始めた。

大体の練習は、京阪寝屋川市駅前の大東楽器に併設されたスタジオで行っていた。練習の空気がピリピリしている(本人達はそんな自覚はない)と噂が立ち、先輩達も「あいつらヤバい」と言っていたとかなんとか。ラグビー部が2人もいたのもあると思う。無意識的に体育会系のノリだったのかもしれない。

僕自身は、高校の中でギターが弾ける人間として、随分認知されるようになり、さらにもうひとつバンドに誘われた。確かミスチルの曲をコピーしたのだが、そのギターが難しかったのだった。まず機材もロクなものを持っていない(ZOOMの安いマルチエフェクターとSobbatと言うメーカーのディストーションのみ)し、それまでメタル、メロコア、グランジくらいしか弾いたことのない僕にはJ-POPを演奏する(正確に言うと、雰囲気やニュアンスを出す)技術がなかった。そもそもミスチルに全く興味がないのもあり、これが終わったらもうJ-POPのコピーバンドは2度としない、と誓っただけだった。

ロクフェス当日。例年通り2学期の終業式後である。年末なので、多くの3年生は受験に備え、こんなイベントには出ない。つまり主役は、2年生なのだ。唯一出ていた先輩バンドはDEEP PURPLEのコピーで大したことのない演奏をしていた。心の中で完勝だ、と思った。メンバーのキャラ立ち、演奏力、負ける要素はなかった。僕らはSKID ROWの”Slave To The Grind”を1曲目に演奏し、観客を狂乱のるつぼに叩き落とした(はず)。ちなみに、ミスチルのコピーバンドでは惨敗だった。

そういえば、この時ミッシェルガンエレファントのコピーバンドで出演していたのが城と言う男。今ではねじ梅タッシと思い出ナンセンスのギタリストである。彼とは幼稚園から高校まで同じと言う幼馴染だった。

話は変わって。
同時期にSUCKは、枚方公園にある市の施設でライブをして、そのライブを最後にボーカルの吉村が脱退した。理由は、かっこよく言うと「音楽性の相違」だった。コピーバンドの段階で音楽性の相違がある、それはもう話にならない。そして、なぜか僕が歌うことになった。ギターを始めて4年。ついにギター&ボーカルと言うポジションにつくことになった。

~つづく~